メディアジャパン学園ブログ

Next blog
2007/01/24

風見しんごさんの気持ち

今月17日に風見しんごさんの長女えみるちゃんが交通事故によって亡くなったとの報道があり、憔悴しきった風見しんごさんがテレビに映る。とても見ていることが出来なくてチャンネルを変えてしまった。

昨年8月、ツアーで北海道に行っていました、7月の終りから函館、余市、恵庭、石狩、旭川、札幌と全12ヵ所をまわり824日に北海道を出て、そのまま関東ツアーと続く予定でした。そんな822日、この日は札幌市北区の地下にあるライブハウスでライブがあり夕方からリハーサル、本番といつものように楽しいライブが終わり、一息ついていたときだった。携帯電話が鳴り、娘(高1)が車に轢かれた、容態はわからないという内容だった。暫くして息子からのメールで詳しい状況がわかる。家から30mほど離れた信号のない交差点で自転車に乗っていて乗用車にはねられた、車の下敷きになり、脳挫傷意識不明、CTの結果待ちとのこと。すでに飛行機もなくここから長い長い夜が始まる。

 じっとしている事ができず、行ったり来たり、立ったり座ったり、その時考えていたのは、死という言葉を排除することだったような気がする。大丈夫だと思うと 大丈夫? そんな事はないと思うと、そんな事? 次第に息が苦しくなってくる。そのうち生きていてくれ、どんな状態でもいいから生きていてくれと、それだけを思うようになる。

夜中1時頃2回目のCTの結果、2ヶ所に脳内出血が見られる、依然意識はないとのメールが入る。この時点で助かるためには脳の出血がこれ以上広がらず、意識が戻ること、だそうだ。朝5時に3回目のCTで新たな出血は見られず、その後意識が戻ったとのメールが入る。結局この日最後のライブがススキノであったため、ライブを終え翌日朝の飛行機で名古屋にもどり、病院へと急ぎました。着いてみるとそこは救急救命室、テレビで見たことがあったけど、まさか自分がここへ来るとは。

 いくつもの点滴と訳のわからない機械にかこまれて娘は静かに寝ていました、看護士の方が名前を呼ぶと目をあけゆっくりと右手を差し出しました、両手でしっかり握り締めたとき涙があふれとまりませんでした。

 救急救命室は交通事故の患者さんが多く、この日、二つ隣のベッドでは小学生の女の子が「おかあさん・・いや~」と叫び、呻くような泣き声が部屋に響き、次の日は向かえのベッドの方が・・・この病室を出るには二つの通路があり右は一般病棟、左は遺体安置所、もう3人の方が左へ行きました。病室の外には家族控え室があり仮眠も出来るようになっているんですが、とてもその部屋には居られません。長い間「命」をテーマに歌をうたってきたのに、このときほど命のことを考えたことはなかった。

幸い娘は順調(驚異的)に回復し、現在は普通に女子高生しています、しかし後遺症は当然残りました、味と匂いを無くしたのです。でも娘は生きています、それがどんなに幸せな事か、毎日感じています。

 こんな事があって、風見しんごさんの気持を思うとあの晩の事を思い出し、また息が苦しくなります。私達は簡単に人を殺せる凶器に毎日乗っているのです、大人の視野は左右150°ほどあるそうですが子供は90°くらいしかないそうです、子供には見えていない所が多いんです、だからいつも人が自転車が出てくると思いながら運転しなければならないのに、無謀な運転をする人の多いこと、前の車が少し遅いだけでイライラしたり、合流地点でわざと車間距離をつめてみたり、車に乗ると人が変わる、そんな人がたくさんいます。

 どうか皆さん、忙しい毎日でもあせらず、のんびり、そして楽しく生きて行きませんか。

自分ももうすぐ50歳、やっとこの年になれます。心も体もエネルギッシュでありながら、ゆっくりと時間が流れて行くような気がします、これからも「命」をテーマに歌い続けて行こうと思います。
1 コメント
コメント一覧
  • 1

    私の周りに吟さん(馴れ馴れしいかも)のような経験、体験をされた方がいなかった、そして幸いに身内の中でもそういった話を聞いたことがありませんでした。文章を読んでいて涙がでました、どうしたらいいのかわかりませんが、吟さんの言う通りのんびり生きたいものですね。楽しい人生を送ろうと思います。

    by: MASA, on 2007/01/24
コメントを書く
お名前:

Email/URLを追加しますか? >> 追加
コメント: